まさかの2夜連続野宿、セネガル・ギニア国境越えのリアル
「セネガルの水」でおもてなし
東京からドバイ、コナクリを経て、機中だけで計21時間。2日夕、セネガルの首都ダカールに到着しました。まだ雨季前で、気温は30度ほど。乾いた風が心地よく吹いていました。
ネットで予約していた民泊に連絡すると、「すみません、別のお客さんを泊めてしまって、もう部屋がありません」。まあ、民泊あるあるです。
気を取り直して別の民泊を手配し、タクシーへ。陽気なドライバーが「水を飲むか?」とガソリンスタンドへ買い出しに行ってくれました。ところが戻ってきた手にはビール缶が2本。
「ほら、セネガルの『水』だ。よく冷えてるぞ。一緒に乾杯!」
おもてなしの気持ちはありがたいのですが、方向性が決定的におかしい。高速道路を運転しながら飲み始めようとするので、必死に説得する羽目になりました。

代わりに手配した民泊も、予約サイトの位置情報がまったくでたらめで、市内から遠く離れた場所へ。結局キャンセルし、「三度目の正直」でようやくダカール中心部の宿にたどり着きました。
大陸最西端に「東京まで1万3千キロ」
翌朝、出発地点と決めていたダカール郊外のアルマディ岬へ向かいました。周辺はホテルやレストランが並ぶビーチリゾートですが、岬の一角だけは数十年前にホテルがつぶれて以来、廃墟になっていました。
大西洋に突き出した三角形の砂州が、アフリカ大陸最西端。北と南から荒波がぶつかるなか、漁船が漁を続けていました。
砂浜にぽつんと立つ案内板には、ロンドン、ドバイ、シドニーと並んで「東京まで13110キロ」の文字が。地球一周のちょうど3分の1にあたる距離です。

炊き込みご飯をごちそうになる
岬からTBSラジオ「荻上チキ・Session」に生出演した後、セネガル名物のチェブジェンを食べに行きました。

現地語でチェブは米、ジェンは魚。魚と野菜のセネガル風炊き込みご飯です。大皿を囲んで食べる慣習も含め、ユネスコ無形文化遺産に登録されている「国民食」で、私も大好物です。

隣の席にいたグスマンさん(40)によると、トマトベースの「赤」と魚介の旨味を生かした「白」があり、この店のランチは白でした。
地元の白身魚の出汁が米にしみ込み、ニンジンやキャッサバ、ナスなどの大ぶりな野菜は柔らかい。唐辛子の辛味がほどよく効いた一皿でした。おこげがうまい!
食事を終えて会計をしようとすると、グスマンさんが「代金は払っておいたよ。セネガルへようこそ!」とにっこり。そんなわけにはいかないと説得したものの、結局、私の分までごちそうになってしまいました。
乗り合いワゴンで南の国境へ
セネガルでの取材は昨年8月に済ませていたため、その日の夜から早速移動です。距離も1300キロ近くあり、軍事クーデターで始まった政権下のギニアへ入るという意味でも難易度の高いルートです。
まず夜行バスで約460キロ南東のタンバクンダへ。早朝に到着し、今度は乗り合いワゴンに乗り換えて国境近くのマンダに向かいました。
事前にネット検索やAIで調べた限りでは、首都コナクリへの直行便はなく、何度も乗り換えるはずでした。ところがマンダのバスターミナルに着くなり、「コナクリ! コナクリ!」という呼び込みの声。やはり現地に来てみないと分からないことだらけです。
乗り合いワゴンは「セプ・プラス(Sept-places)」と呼ばれる7人乗りが定番ですが、塗装は剥げ、スピードメーターなどの計器類は何一つ動いていない車も珍しくありません。
それ以上に厄介なのが、誰も出発時刻を知らないことです。満員になったら出発。それがルールです。
幸いこの日は客の集まりが早く、2時間ほどで出発。緑の木々が点在するサバンナを走り、大型トラックが列をなすセネガル側の出入国管理所を難なく通過しました。

国境警察の攻防4時間、まさかの出直し
ところが、その先のギニア側の警察署での入国審査でつまずきました。職業を答えた瞬間に警察官の表情が変わったのです。
「レポーター、つまりジャーナリストなんだな」
しばらく待たされた後、藁ぶき屋根の署長室へ案内され、いきなりこう告げられました。
「入国は認められません」
ここから4時間にわたる説得が始まりました。
