物乞いから実業家へ、採掘跡を農地へーー内戦から四半世紀、シエラレオネの再生の物語
首都フリータウンから真新しい幹線道路を車で約6時間。東部コイドは1991年から約11年に及んだ内戦中、反政府勢力の支配下で「紛争ダイヤ」が掘り出されてきた中心地だ。
町に近づくと、家より高い緑の台地が見えてきた。

ダイヤ採掘後の土砂でできた山=2026年6月15日、シエラレオネ東部コイド(写真はすべて村山祐介撮影)
「採掘の土砂でできた人工の山です」と地元ジャーナリスト。沿道にも、直径数メートルから十数メートルの採掘跡の池があちこちに点在している。こんな近くでダイヤが見つかるのかと驚くと同時に、土地が穴だらけになっていることが気になった。

幹線沿いにあるダイヤ採掘後に放置された池=2026年6月17日、東部コイド郊外(写真はすべて村山祐介撮影)
生きるために路上で物乞い
農村を支援する地元NGO・SENDシエラレオネに同行し、近郊のカマドゥ村にある「ポリオキャンプ」と呼ばれる集落を訪ねた。幼いころにポリオ(小児まひ)に感染し、後遺症のある人たちが暮らしている。
手こぎ三輪車を巧みに操り、きびきびと動く女性に目を奪われた。ハワ・マラー(33)。数珠のように編み込んだ金髪が印象的で、ヘアドレッサーをしているという。
「それで華やかな髪形をしているのですね」
そう声をかけると、金髪をなでながら照れ笑いを浮かべた。

実業家になったハワ・マラーさん=2026年6月15日、東部カマドゥ村
マラーは幼かった内戦中にポリオに感染し、歩くことができなくなった。母が急逝すると、学費を払えなくなって高校を中退した。
「何の技能もなく、教育もありません。どうしていいのかわかりませんでした」
生きるため、路上で物乞いを始めた。
